はいどうも。
つむぎです。
春が来れば思い出す、そんな記憶があります。
地獄の職場復帰
忘れもしない、あれは2009年4月のこと。
長男のために取った育児休業が、残りあと少しとなりました。
数日後に職場復帰を控え、その日も朝保育園に長男を送り、慣らし保育としてお昼過ぎまで子どもを預ける予定でいました。
午前11時ごろだったかな。
携帯電話に初めてかかってきた電話。
保育園から。
「お熱が出ました。迎えに来れますか」
「は、はい。すぐ行きます」
朝は体調が悪くなかったのに、迎えに行くと明らかに元気がない長男。
38℃の熱があり、咳もしているという。
特にクラスでも何かが流行っているわけでもなく、
「少し疲れが出たかもしれません」
と保育士さん。
ひとまずかかりつけ医を予約して家に連れ帰る。
機嫌が悪くて食欲もなく、お昼寝もしたがらない。
咳もひどくなる。
かかりつけ医に行き、いくつか検査して風邪薬をもらいました。
そのまま数日、保育園はお休みに。
職場復帰の日が迫る中、なかなかよくならない子どもの体調。
少ししてついた診断はマイコプラズマ肺炎。
初めて聞いたよ、そんな病名。
そして、咳と熱が私と夫にも感染る。
正直しんどい。
咳のしすぎで喉から血が出そう。
自分の咳でアバラが折れそう。
でも子どもの世話もしなくては…。
体調が万全とならない中、非情にもやって来る職場復帰の日。
死ぬかと思った
4月の半ばに復帰して、わりと子どもは回復が早かったものの、
結局5月の連休までずーっと私は調子が悪かったんです。
職場でも咳が止まらなくなるし、意識朦朧としながら働いていました。
しかも当時は時短の制度があっても使いづらく、仕方なくフルタイムで。
今でこそ「ちょっとでも具合悪かったら会社にくるな、咳なんかしてる奴は特に」ですけども。
当時はちょっと咳が出るくらいでは仕事を休みづらく。
何より、私の職場はあの頃、育休だからといって人が補充されるわけではなく、周りがちょっとずつ負担して私の穴を埋めてくれていました。
それに加えて、復帰早々、新事業を担当することになり、上司からは「いつ出てこれるの」とせっつかれていたし、休めなかった。
区の方も、現在はもっと長く育休を取れるようになっていますが、当時は4月に半月以上育休を取り続けていたら、保育園は有無を言わさず退所という厳しい処分でした。
職場に戻らないと退所だし、仕事は休めないし、体調は人生で1,2を争うほど悪い状態だし。
泣きましたね。
咳でむせながら、風呂場でボロボロ泣いていました。
つらくてつらくて。
人生で初めて「死にたい」という言葉が口をついて出ました。
思い返しても涙がこぼれそうだぜ。
きっと今も
今は区の退所基準も見直されました。
職場でも時短の制度が改善されて、取りやすくなりました。
育休の人がいる場合は、必ず代替要員が補充されるようになっているし、
何より周囲の理解が進んで
「子どもが小さいうちは仕方ないよね」
という空気ができあがってきました。
それでも、まさに今、保育園で子どもがもらってきた何かの菌で、一家全滅の危機に瀕して泣いているお母さんがいるかもしれない。
つらいよね、しんどいよね。
世の中は全然やさしくないよね。
なんで人は働くんだろうね。
全部やめてしまいたいよね。
どっか一人で遠くに行きたいよね。
わかる、わかるぞ。
先輩ヅラして偉そうなことは言えない。
何のアドバイスもできない。
とにかく、この春を生き延びてほしい。
それを祈るだけ。
多分、この春が一番キツい(当社比)。
コロナもあって大変なことも多いかもしれないけど。
この春を生き延びれば、平和が訪れる、はず。
ちなみに、うちの会社ではこの春から、時短が小1の終わりまで認められるようになりました。
「小1の壁」が社会問題化している証左でしょうか。
私が長男を保育園に預け始めたのは、待機児童の問題が言われるようになってきて、民間の保育園の開園が増えた時期と重なりました。
それ以前のお母さんたちはもっと大変だっただろうと思う。
働く母を10年以上やってて、「保育園落ちた日本死ね」のあともずいぶん空気が変わったな、という気がします。
ずっと母親たちが不満に思ってきたこと。
後追いですが、不完全ですが、改善されていると感じることも多いです。
少しずつ、世の中はよくなっている、と信じたい。
↓いつか思い出になるで〜!
**男の子のママ・パパ**
子育てを楽しもう♪
新型コロナウイルス関連情報
生活に役立つ健康情報
コメント