「収入がある=心の安定」が刷り込まれた子ども時代

飛ぶ鳥 家族

私の母は専業主婦です。

結婚を機に仕事を辞め、私が幼い時に少しパートで「学研のおばちゃん」をやっていたぐらいで、あとはずーっと家にいて、子育てと家族の世話と、それから老親の介護をしてきました。

優しく、我慢強い母です。

 

私の父は、現在はだいぶ丸くなりましたが、昔はいわゆる亭主関白な昭和の父親でした。

高圧的な物言いで家族の反論を許さない人でした。

母は、言い返したいことがあってもぐっとこらえて黙ってしまうので、父親の気分しだいで家の中の雰囲気はころころ変わります。

酒が少し入ると怒りの沸点が下がるようで、ちょっとしたことでブチ切れて怒鳴っていました。

子どものころはどうしてお母さんはお父さんにいつも泣かされているのにリコンしないの?と思っていました。

 

今ではわかります。

母は専業主婦で経済力がありませんでしたから、「誰のおかげで飯が食えているんだ」と言われたら何も言い返せません。

そして自分さえ我慢すれば、家もあり、ご飯も食べれて、何よりかわいい子どもたちにそれなりの生活をさせてあげられる。

そう思って耐えていたのだと思います。

母の気持ちを思うと、やるせなさと悔しさがこみあげてきます。

自分の家族をみて、幼い私の心に刻まれたのは、「女性が夫に経済的に依存していると、不幸から抜け出せなくなる」という恐怖でした。

 

父は母に手を挙げたりはしませんでしたが、私は怒鳴られたり、父を本気で怒らせたときは吹っ飛ばされたりしていたので、正直大学時代までは「結婚なんか絶対したくない」と思っていました。

世の中の男の人が全員、結婚したら父親のようになる人だと思っていたので。

 

とても幸運なことに、旦那は、父とはほぼ正反対の男性です。

理性的で穏やか。

声を荒げることはほとんどありません。

うちと同じく母親は専業主婦でしたが、わりと仲よく民主主義的な家庭で育ってきたらしく、私が「家の中で皿が飛んでいた(キレた父が壁に向かって投げてた)」などの幼少期の絶対君主的エピソードを夫に話すと「すごい環境で育ってきたんだね」とにわかには理解しがたい様子です。

 

私が旦那さんと結婚したのは、両親を反面教師としていたところもあるかもしれません。

結婚しても母のような思いはしたくない、と心の中でずっと思っていたのだと思います。

 

子どもが大好きで離れがたい、育児に専念したい、または心と体の不調で仕事を辞めたいと言ったときには、旦那は一貫して「辞めたかったら辞めてもいいよ」と言い続けてきました。

それはそれはありがたい言葉なのですが、その言葉を受け取った私の方が、「専業主婦になりたい」と口では言いながら、それに素直に「うん」としたがうことができません。

 

旦那の稼ぎだけでもやっていけないことはありませんが、私が仕事を辞めたら貯金が増えないし、なにより自分の収入がなかったら、自分の両親と同じ轍を踏むという不安がぬぐえない。

旦那と結婚してからもずーっと共働きだったので、私が専業主婦になって経済的に依存した時に、「誰のおかげで…」を旦那が言い出さない保証はどこにもありません。

旦那を信用していないわけではないんですけどね。

 

この不安、もしも子どもの時の体験がもとになっているのだとしたら、それはそれで根が深そうです。

自分の中に深く刷り込まれた、「心の安定のためには収入が必要」という固定観念

だから、「専業主婦になりたい」なんて、実際には怖くて実現させるつもりもないような夢みたいなことを言っていないで、どう働くのが自分にとって最良なのかどうしたら一番幸福度が高い働き方ができるのか、を探っていくしかないのだと感じる今日この頃です。

 

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プロフィール
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都内在住のアラフォーのワーママ。
フルタイムの事務職です。
夫と男児2人(小学6年生、1年生)の4人家族です。

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母さん、あんまり無理しちゃいけないよ

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