はいどうも。
つむぎです。
ゲームの力は強力だなって思います。
ゲームができるから勉強する
恥ずかしながら告白しますが。
うちの子どもたちが勉強をするのは、ごほうびとして「ゲームができるから」です。
決してテストでいい成績が取れるからとか、クラスで一番になると気持ちがよいからとか、単純に分からないことが分かるようになって楽しいとか、そういう理由じゃない。
労役と一緒。
お給料もらえるから仕事に行くのと一緒。
トレードオフ。
仕方なく、好きでも楽しくもないけどやっている。
そんな感じ。
これが弊害だということもよくわかっているんですけどね。
だってゲームがなかったら勉強しない人間になってますもん。
自発的な動機付けができていない。
でも、将来は学者になるわけではないだろうし、それでもいいか、とも思っている。
諦めています。
むしろ心配なのはゲーム依存症ですね。
自分が嘘ついたりした罰としてゲーム禁止にすると、烈火のごとく怒ることが、特に長男は多いです。
次男は時間が来たらすっとやめられるので、年齢とかじゃなくて、本人の個性の問題でしょうか。
どっちにしろ、何かに振り回されている人間というのは、みじめだなぁと思って見守っています。
人間は習慣の奴隷。
ゲームはそれを強化します。
いつか彼も気づくんだろうか。
ゲームやってる場合じゃない、ってことに。
それともやっぱ、芝刈り機買ってこないとダメかしら。
でも悪いことばかりじゃない
ゲーミフィケーションという言葉を聞いたことがあるかと思います。
ゲームの要素を取り入れ、単純作業を飽きずに続けさせること。
私の語学学習もアプリ利用でずいぶん変わりました。
ニンテンドースイッチの筋トレゲーム「リングフィットアドベンチャー」もそうですね。
習慣化しやすい。
いわゆる「最近の子たち」に限らず、人間はゲームに操られる生き物なのかもしれません。
それを感じたのは、世界中で10億人以上がプレーしたといわれる「ポケモンGO」です。
レアポケモンやアイテム目当てに、若者からお年寄りまで、家から外へと誘い出されました。
何もない公園で、人だかりができる様子はちょっと異様。
でも、散歩が楽しくなる、運動不足が解消されるなどプラスの面もありました。
未来はどうなっていくのか
コロナ禍で「あつ森」が大ヒットしたように、リアルの世界とゆるーくつながるゲームの世界は「もう一つの現実」になりつつあるような気がします。
最終的に行き着くのは映画「アバター」の世界かもね。
たとえば現実世界で何もかもうまくいかない人がいて、何かすごーくいやなことがあったとき。
あっち側の世界で全然違う人生を歩んでいることが、もしかしたらその人の救いになるかもしれない、とか。
現実世界を作ったのは神様かもしれないけど、ゲーム世界は人間が設計するものですからね。
怖い気もしますよね。
悪い意図をもってプレイヤーの行動をコントロールするような輩が出てきたら…とか、SFチックなことを考えちゃう。
歯磨き嫌いも治る
ゲームと現実の世界がどうなっていくのかは分かりませんが。
とりあえず私たちは
「便利ならば」
「楽しめるなら」
「日常生活に支障のない範囲で」
「ほどほどに」
活用していくってことが現実的かと。
振り回されるのではなく、主体的にね。
そういえば、先日、未就学児のいる職場の同僚と話していたところ、子育て苦労話になりまして。
子どもが歯磨き嫌いで悩んでるという。
あー、あったね、そんな時期が。
もう忘れかけてきてますけど。
SNSで見かけたスマホアプリの「ポケモンスマイル」をすすめたら、
後日興奮しながら
「これやばいっすよ!子どもが歯磨き大好きっ子になりましたよ!」
とご報告いただきました。
よかった、よかった。
↓極端はよくない、ほどほどに
メンタルヘルス
こんな生き方があってもいいよね♪
小さな幸せ
苦しいからこそ見えるもの
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